2015年12月30日水曜日

映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』

皆さま、こんにちは。ねこです。
年内の納品が無事終わったので、
コツコツと年明けの納品分の
翻訳をしながら暮らしています。

おそらく大晦日も元旦も
ちょこちょこと訳しているかと思います。
締め切りに追われているわけではなくて
ただ単に訳すことが
好きでしょうがないんでしょうね(笑)

さて、ようやく時間が取れたので、
この間から書きたかった
映画の話を書こうと思います。

11月上旬にこのブログでご紹介した
『写真家ソール・ライター
急がない人生で見つけた13のこと』
という映画です。

その時の記事はこちら:
柴田元幸氏が字幕を訳す
http://interesting-languages.blogspot.jp/2015/11/blog-post_19.html

12月5日に封切りとなり、
5日と6日は監督の舞台挨拶がある
ということでしたので、
6日の夕方の回に行ってきました。
映画館のロビーで
監督ともお話しすることができました。
「あ~、英語勉強しててよかったぁ」
と思う瞬間です(笑)

さて、映画で出てきた言葉について
いろいろと見ていきたいと思います。
筆記用具を忘れてしまい、
字幕のメモができなかったのですが、
英語の文章はネット上で見つかりました。

まずは、カラー写真について
ライター氏がこんなことを言っています。
当時はモノクロが主流だったので、
カラー写真を撮っていたら
「そんなのは時間の無駄(waste of time)だ」
と言われたという話です。

7:18  And of course some people thought it was a waste of time...
7:22  that I was taking color pictures.

その少しあとに、こんなセリフが出てきます。

7:48  But the point is, I enjoyed doing it...

「でも、要は、私にとっては
それが(=カラー写真を撮るのが)
楽しかったんだ」

とてもシンプルな表現ですが、
なんだかグッときました。
儲かるとか儲からないとか
役に立つとか立たないとか、
そういうことは関係なく、
自分が「好きだからやる」という感覚
大事にしていきたいなぁ…と思います。

次は、ある程度、年齢を重ねた人なら
「う~ん、そうだよね」と言いたくなる
こちらの会話。

「撮影することは許可したものの
映画にしていいという許可は
まだ与えていない」と言うライター氏に
監督が尋ねます。

20:47  So do you think there's a chance that I will make this film...
20:50  and you will say that I can't use it?

「映画にできる可能性もあるけど
(撮影した映像を)使っては
いけないと言うかもしれないと?」

それに対し、ライター氏はこう答えます。

20:54  Well, I like to think I'm not gonna do that.
20:57  I might not care for the way I look these days,
21:01  because I think that I looked better when I was younger,
21:06  but maybe I'm being unfair to the way I look now.

「そうならないことを願うけど、
でも、今の自分の姿を
気に入らないかもしれない。
若いころは、もっとカッコよかったと思うんだ。
まあ、でも、そう言っちゃ、
今の自分に失礼かな」

10年前だったらスルーしていた
セリフかもしれませんが、
今はかなりグッときましたね(笑)

最後の一文はちょっと意訳しましたが、
直訳するなら、「今の自分の見え方(the way I look now)に対して
たぶん公正を欠いている(maybe I'm being unfair)」
という感じです。
言い方を変えるなら、「今の自分の外見を
そのまま認めてあげてもいいのかも」
という老いた自分への優しい視点が
垣間見えるセリフではないかと思います。

そして、写真を撮る人の心に響くのは
次のセリフかもしれません。

26:11  Everything is a photograph.
26:12  We live in a world today where almost everything is a photograph.
26:18  And the one nice thing about photography,
26:21  it teaches you to look.
26:23  It teaches you to appreciate all kinds of things.

最初の2行は、訳し方が難しいですね。
字幕はどうなっていたでしょうか。
直訳すると「すべては(ある1枚の)写真だ」となりますが
じゃあ、それってどういう意味だろう
と考えると、いろいろ悩んでしまいます。

3行目以降を見ていくと、
「認識」「ものの見方」などについて
語っていることがわかります。

「写真のいいところは、
見方を教えてくれることさ。
あらゆるものをappreciateすることを
教えてくれる」

このappreciateの意味としては、
「~を高く評価する」
「~をありがたく思う」
「~を面白く味わう」「鑑賞する」
などが挙げられます。

つまり、カメラを持って
何かを撮ろうとすることで、
いろいろ面白いことに
気づくことができるという
ニュアンスになるかと思います。

また、監督のこちらの質問も
なかなか興味深いものでした。

48:20  Did you separate the work you did for yourself and the work that you did--

最後まで言い切っていませんが、
ニュアンスとしては、
「自分自身のために撮る写真(作品作り)と
発注されて撮る写真というのは
分けていましたか?」という質問かと思います。

48:26  No, I didn't separate anything.
48:29  I tried to do nice things...
48:31  and sometimes they overlapped.

「何ひとつ分けたりはしなかった。
ただ、いい写真を撮ろうとしていて、
時々、両方が重なることもあった」

(※仕事用で撮ったものが、
自分の好きな作品になったり、
逆に仕事とは関係なく撮った写真が
その後、仕事で使われるという
意味かと思われます)

さて、字幕のつけ方で
う~ん、なるほど…と思ったのが
次のセリフです。

57:45  My photographs are meant...
57:47  to tickle your left ear.
57:53  Very lightly.

「私の写真は、(人の)左耳を
そっとくすぐるためにある」

実際の字幕がどうだったかは
正確に覚えてはいないのですが、
たしか「左耳をくすぐる」
という表現だったように思います。

これは慣用句などではなく
ライター氏の独特な言い回しのようで
通常の字幕翻訳作業では、
一般的な表現に直してしまいがちです。

例えば、
「見る者を刺激する」とか、
「心にさざ波を立てる」とか
そんな感じになるでしょうか。

でも、あえてライター氏の発した言葉を
そのまま日本語に置き換える
という発想は、すごい!と思いました。
なぜって、「左耳をくすぐる」でも
十分にニュアンスが伝わるからです。

もう1か所、英語表現を
そのまま生かした部分がありました。

61:27  And--
61:29  And then she...
61:32  kicked the bucket.
61:35  You know what kick the bucket means?
61:35  Mmm.
61:39  It was very unkind of her.

最愛のパートナーが亡くなったことを
"she kicked the bucket"
と表現しています。

この"kick the bucket"というのは
慣用句で「死ぬ」という意味があります。
ここも英語をそのまま生かした
「バケツを蹴った」という字幕になっていました。
たしか、そのすぐあとの字幕で
「死ぬなんて…」などと出るので、
「バケツを蹴った=死ぬ」というのが
すぐにわかります。

ただ、この字幕については、
個人的には若干迷いが残りました。
病気や事故で亡くなってしまったのか、
それとも自殺をしてしまったのか
それがわからないからです。

「バケツを蹴った」という言葉は
受動的ではなく能動的な印象を受けるので、
真っ先に思い浮かんだのは、
「自殺」でした。

しかし、こちらのオンライン辞書の例文を見ると、
特に「自殺」というニュアンスがあるわけでは
ないということがわかります。

All of my goldfish kicked the bucket while we were on vacation.
(休暇中に、金魚が全部死んじゃった)

金魚が自殺をするわけはないので、
"kick the bucket"というのは、
単に「死ぬ」という意味なんですよね。

観客に疑問を持たせないという意味では
「冥土へ旅立った」や「物故した」
などのやや難しい日本語表現を使って、
そのあとの
You know what kick the bucket means?
(意味わかるよな?)
というセリフにつなげてもよかったのでは
という気もしています。

ただ、ライター氏の独特の表現を
できるだけ生かすという意味では、
「バケツを蹴った」というのも
ありなのかもしれませんね。

最後に、心が楽になる言葉を
ご紹介しましょう。

69:33  When you consider many of the things that people treat very seriously,
69:39  and you realize that they don't deserve to be treated that seriously,

「人が深刻に考えることの中には
そんなに重大ではないことが多い」

(※字幕は予告編から引用)

この言葉を聞いてからというもの
「う~ん、ま、いっか」と思えることが
案外たくさんあることに気づきました。
翻訳の納期だけは、
「「う~ん、ま、いっか」
というわけにはいきませんけどね(笑)。

ネタバレしすぎるとよくないので
書いてないこともたくさんありますが、
もっともっとたくさん
心に響く表現が出てきます。
特にエンディングは秀逸です!

ぜひ、映画館に行って
じっくりとライター氏の言葉を
味わってみてくださいね。

『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』

ライター氏の作品

予告編